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大学受験世界史の中では非常に有名な先生.
自分が世界史大好きになったのも,この先生の著書の影響が 一番大きい. ともすれば暗記に陥りがちな世界史だけど,この先生の語りは メチャクチャ面白い.ぐいぐい引き込まれ,何より文章の 中から信念や熱い想いを感じるのですよ. 受験を超越した知識人であり,人間らしい人間だと思います. 最も尊敬する一人. なぜ急にこんなことを書くのかというと,アマゾンでテキトーに 本を物色していたら,昔読みまくったこの2冊を偶然発見し, 猛烈にまた読みたくなってしまって衝動買い(・∀・) 実家のどこかに眠っているんだろうけれど,探すのが大変w 特にこの先生の語る近現代史は神.その辺のベストセラーよりも よっぽどいい.以下,一部抜粋. 朝鮮戦争に関して 僕の近い親族には、戦死した人はいません。多分この本をお読みになっている皆さんの多くもそうではないかと思います。でも、なんらかのかたちで 誰かの死に居合わせた方はおられるでしょう。死とは、なんともいえない喪失感を与え、悲しみを与えます。とくに肉親の死、とくに我が子の死、恋人の死、親 友の死。 ここからはありったけの想像力が必要です。朝鮮半島に400万以上の悲しみがあったこと。「悲しみ」……。ほかに表現はないんだろうか。もっと 重く、陳腐にならない表現が。その死が自然死ならまだしも、人間の政治的行為である戦争の結果としてもたらされたもの、強制されたものだとしたら…。 歴史を勉強していると、いつも戦争に出くわします。そしてそのあまりの「頻度」に、ついつい戦争を、なにか必然的なもの、避けられないものとして捉えていることに気付きます。でもなにか違うのですね。 朝鮮戦争のフィルムを見ることがあります。炎上する家の前に、兄弟や親たちの遺体が並んでいます。 その傍らで、手と唇を震わせながら泣き叫んでいる子供。彼らに向かって、「戦争は必要なんだよ、人間の歴史に起こる避けられないものなんだよ」 と言える人がいたら教えて欲しいのです、どういう説得の論理が成立するのかを。また「そんなことを言ってもしょうがない」という人へ。あなたが、もしくは あなたの肉親がそういう目にあっているときに、はたして「しょうがない」と言えるのかを教えて欲しい。 「20世紀は戦争の世紀だった」とは、よく耳にするフレーズです。事実はたしかにそうでした。戦争と暴力が「悲しみ」を捨象した時代だったので す。組織された暴力を効果的に運用しえた国家が戦争に勝ち、組織された暴力を政敵に対して効果的に発動した組織が権力を掌握しました。 そういう時代に、平和憲法を盾に、戦争や戦力を否定しながら生きてきた「戦後日本」は、しばしば「平和ぼけ」と言われてきました。でもそれは、僕に言わせれば逆ですね。世界が、20世紀が、「戦争ぼけ」で推移してしまったのです。 冷戦という言葉 それから「冷戦」という言葉なのですが、歴史用語としても定着しているので、これまで無前提に使ってきました。しかし、この言葉、ほんとうに欺瞞 に満ちた言葉です。だって朝鮮では400万人が亡くなっているわけでしょう。その状況をよくぞ「冷戦」と言ったものだと思います。まったく冗談じゃねえ よって感じですね。 ___________________________ あんまり受験って感じがしないんだよねf(^_^) でもこういう認識なしに受験のためだけに歴史を学ぶって 危険だと思う.意義のない知識だけで固められた世界史は 毒にしかならない.青木先生もまえがきで「過去のことを 知ろうとしないものは,未来に対して同じ過ちを起こします」 と言っている.こういうことを語れる先生の存在って大切だと 思うんだけど,少ないんだよなぁ…. ともあれ,超お勧めの一冊です.ぜひたくさんの人に読んで欲しい.つーか図書館や学校図書室に1冊はあるべきの本だと思う. PR |
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